移住をめぐる政策調整の現状と包括的移住政策機関設立の可能性

2011年12月 

井口 泰

 

1 問題の所在

 

 本稿の目的は、定住外国人や就労・留学など一時的に滞在する外国人のみならず、人道的理由による外国人の受入れ・定住を含む包括的な移民政策を実施するため、権限を持って関係省庁を調整して必要な立法措置を実施し、毎年度の予算を確保するにとどまらず、地域・地方自治体などの現場のニーズを把握し、日常から自治体と国の間の整合性ある政策の推進を指揮することのできる政府機関の設置に関し、現実的で機能し得る構想を提示することである。

 

外国人政策が形成過程にある日本においては、新設される機関が、様々な分野で関係省庁を巻き込んで法制度の整備や財源の確保を行うとともに、地域・自治体の実施する社会統合施策(日本では多文化共生施策と呼ばれている)のニーズを把握して支援するなど、ダイナミックな動きを実現する必要がある。このための制度インフラの構築は、日本社会が将来のために行う長期的な重要な投資であることを強調したい。

 

それは、外国人との共生なしに地域再生があり得ないという地域・自治体のおかれた現実が、外国人政策の改革の重要な原動力となっているからである。また、日本の出入国管理システムが、外国人の権利を尊重し義務の遂行を促し、機会均等と社会参加を促進するうえでは、構造的な欠陥を抱えているためである。

 

 本稿では以下、これまでの中央政府、地方自治体の外国人政策の経緯を概観しつつ、包括的移住政策機関(=移民庁)の設立に必要な要件を考え、その組織構造を提案する。

 

 

2 政権交代と外国人政策の改革

 

 自民党政権下で、1999年7月8日閣議決定された「経済社会のあるべき姿と経済再生の政策方針」は、「専門的・技術的分野の労働者の受入れを積極的に進めるための具体的方策等を検討し、推進する。なお、いわゆる単純労働者の受入れについては、国民のコンセンサスを踏まえつつ、十分に慎重に対処する」とした。

 

 2006年頃から、政府部内で新たに外国人政策を改革する2つの動きが同時に動きだした。これは、第1に、外国人の集住する自治体から、制度改革の要求が強まってきたことと、第2に、同時多発テロを受けて出入国管理行政自身が、外国人の在留管理を改革する必要性を認識したためである。当時の、「規制改革・民間開放推進会議」(後の「規制改革会議」)の強力な調整権限と、毎年、関係省庁の実施すべき措置の内容と期限を明示する「規制改革に関する3ケ年計画」を閣議決定することによって、関係省庁が同時に制度改正に向けて動き出した。こうして、2009年7月に入管法及び住民基本台帳法の改正が行われ、これに先立つ2007年の雇用対策法の改正も、この閣議決定に基づいて可能となった。

 

 2009年9月、民主党を中心とする新政権が発足したが、民主党は衆議院選挙のマニフェストに、入管政策や定住外国人対策について記載しておらず、その後も、閣議決定による外国人政策の基本方針自体が不在の状態になっている。なぜなら、経済計画が、策定期間10年を経過して効力を失うとともに、3年前の雇用対策法改正で、閣議決定事項であった雇用対策基本計画も廃止されたからである。こうして、法務省の「出入国管理基本計画」(現行は第4次計画)と、厚生労働省が2008年2月の「雇用政策基本方針」が告示として存在するだけになった。

 

 このように、民主党を中心とする政権は、出入国管理政策においては、支持基盤である連合の影響を受け、受入れ範囲の改正議論には非常に慎重な姿勢に終始し、社会統合政策についても関心が低く、外国人政策全般について現状維持の姿勢に傾きがちであった。

 

 こうしたなかで 2009年12月、鳩山内閣が閣議決定した「新成長戦略」は、留学生や高度人材の受け入れ拡大に言及したが、包括的な外国人政策の基本を定めるには程遠い内容であった。

 

 法務省は2010年3月、「第4次出入国管理基本計画」を改定したが、外国人労働者受入れについては前内閣の方向を踏襲しており、基本問題には全く踏み込んでいない。

 

 鳩山内閣では、外国人永住者の地方参政権問題で、閣内で意見対立が顕在化したが、外国人政策の基本方針を閣議レベルでとりまとめる調整力をもった政治家は現れなかった。

 

 管内閣は、内閣府に、定住外国人施策推進室を設け、定住日系人施策の基本方針をとりまとめ、2011年3月「行動計画」を策定した。しかし、定住外国人施策推進室は、包括的移住政策を推進するイニシアチブを持たず、行動計画は閣議決定されていない。そもそも内閣法に基づく関係省庁へ勧告権限は発動されたことがなく、実効性の担保は極めて弱い。

 

 したがって、現時点で、日本には包括的移住政策と呼ぶべきものは存在しない。結局、内閣府の定住外国人施策推進室は、既存の法令を根拠に関係省庁の行う施策をとりまとめる機関にとどまっている。結局、出入国管理政策を担う法務省が、関係省庁に公式に協力を要請しない限り、関係省庁が協力して新たな立法措置の検討に動き出すことはない。

 

 2009年度から3ケ年の緊急経済対策の中で、外国人関係予算が急増したことで、日本では現在、外国人政策の予算規模や施策の範囲が拡大しているが、緊急経済対策が縮小する2012年以降、外国人政策が予算面で縮小することはほぼ間違いなく、自治体からの外国人雇用対策や日本語学習機会の制度化への要望への反応は非常に鈍い。

 

 こうした中、日本で就労する外国人(推計・特別永住者を除く)は2010年末で94万人、在留外国人は213万人、このうち永住者は96万人に達した。2011年3月の東日本大震災の影響で日系人は7万人以上も減少したが、同年9月時点の在留外国人は208万人を維持している。

 

 

3 欧米における多文化主義への反動と新たな社会統合政策の進展

 

 現在、欧米諸国では、世界経済危機の影響と高失業率のなかで、国政選挙の結果をみても、社会現象としても、多文化主義に対する反動(backlash)とみられる動きが多発している。それでも、国レベルで新たな社会統合政策を制度化する動きや、多様性を許容することで地域経済の活性化を目指す動きは、進んでいる。

 

 先進国における包括的な移住政策といっても、国によって、非常に多様な制度や政策が存在する。個別の政策の目的や、それを実施する手段においても、大きな多様性がみられる。しかし、1990年代後半から、欧米諸国では、従来から社会統合政策と呼ばれていた政策が改革され、外国人に自国の言語を学習する機会を保障したり、義務付けたりする制度の導入が進み、、出入国管理政策と社会統合政策がセットで機能する包括的な移住政策へと展開しつつある。欧州では、ドイツのように民族的に同質性が高いとされてきた国でも、曲折を経ながら制度改革が進んだ。同時に、多文化主義を標榜していたカナダや豪州では、受入国言語の習得を重視する社会統合政策が進展している。

 

 今世紀になって、世界各国・地域で経済統合が進み、国境を越えた企業や人の移動を活発化させる動きが加速している。同時に、先進国内では、程度の違いはあれ、人口の少子・高齢化を背景に、民族的にも文化的にも、多様な人々を受容できる社会の能力を高めることが、国益に合致すると考えられるようになってきた。したがって、包括的移住政策の構築にあたっては、外国人の権利の尊重と義務の遂行を確保し、機会均等と社会参加を実現する制度的インフラへの投資を行う必要がある(概念図参照)。

 

 

4 外国人集住都市会議と外国人政策の課題

 

  2001年に発足した「外国人集住都市会議」は、南米日系人を中心とする定住外国人に対する政策に関して様々な提案を行い、2009年の入管法及び住民基本台帳法の改正に深く関与してきた。

 

 「外国人集住都市会議」は、「日本人住民と外国人住民が、お互いに文化や価値観に対する理解と尊重を深めるなかで、健全な都市生活に欠かせない権利の尊重と義務の遂行を基本とした真の共生社会」を実現することを目標としている。当初、浜松市はこれを「地域共生」と呼んでいたが、2004年の「豊田宣言」から「多文化共生」に読み替えた。日本の「多文化共生」の理念は、カナダやオーストラリアから輸入された概念ではなく、地域に発する「草の根」的理念である。それは、1990年代初頭に多様な外国籍住民が増加したことを背景に、神奈川県川崎市で使われ始めた。1995年には、阪神淡路大震災の後、日本人と外国人が協力して復興支援を進める運動及び自治体の事業の名称に用いられ、兵庫県神戸市を中心に普及した。2004年以降は「外国人集住都市」が、この理念を先の定義の下で使用し、そこに「権利の尊重と義務の遂行」を明記した。つまり、外国人と受け入れ社会の間で、「双方向」的に努力する関係を作り出す必要性を強調している。これまで、外国人都市会議が提起してきた課題は、ブスタマンテ勧告がいう包括的移民政策の課題と、かなりの部分で重なるところが多いと思われるので、以下に挙げておきたい。即ち、

 

 第1の課題は、外国人登録制度の下では、外国人が居住し就労する場所を的確に把握できず、自治体が適切なサービス(及び課税)を行えないという現状を改めること、

 

 第2の課題は、外国人雇用が、企業の直接雇用から請負・派遣など間接雇用にシフトするなか、労働法上の保護も雇用・社会保険の適用も十分でない現状を改めること、

 

 第3の課題は、外国人の子どもたちの不就学が増加するなか、公立学校での日本語指導と人材配置を強化し、外国人学校を支援し、最終的には義務教育を実現すること、

 

 第4の課題は、滞在する外国人に生活、就労又は就学に必要な日本語を学習する機会を保障し、日本語能力の不足ゆえに社会的に排除される状況を改善すること、

 

 第5の課題は、省庁を再編するなかで、「移民庁」(仮称)など、包括的に外国人政策を企画するとともに、自治体と連携してこれを実施する機関を設置することである。

 

 

5 外国人政策を所管する行政官庁の要件

 

 歴代内閣の行財政改革の基本方針によれば、原則として、いずれかの省庁の局を一つ削減することなしに、外国人政策を所管する新たな行政機関である「移民庁」を設立することは難しい。それは、近年設立された消費者庁や観光庁の例でも同様である。分かる。前者の場合、内閣府国民生活局を削減、後者の場合は国土交通省政策局観光部と審議官1人を削減して、新庁が設置された。この制約は、よほどの政治的経済的情勢の変化がない限り、維持されると考えられる。

 

 外国人政策は、大きく分けて、①日本人と共通する施策を新たに展開し、その履行の確保を図っていく場合と、②外国人に関する特別措置を展開する必要がある場合の2種類に分けられる。

 

 外国人への特別措置を実施する省庁組織なかには、新たに設置する行政組織に統合することが可能なものがある。有力なのが、外国人に対する日本語学習機会を保障し、その基準を設定し、日本語教育に関する資格を認定し、地域における実施を支援する将来の行政組織である。受入国の言語習得を援助する措置は、1990年代後半以降の先進諸国の社会統合政策の改革のなかで、「国の将来のための投資」として位置付けられる(概念図参照)。

 

 しかし、雇用、社会保障、教育をはじめとする国の行政組織を、関係省庁からすべて分離して「移民庁」に統合しようと考えるのは、非現実的である。

 

 反発される方々もいるかもしれないが、省庁横断的に外国人政策が強力に作用するためには、出入国管理政策と社会統合政策の間の連携を強化することが不可欠である。

 

 「大陸欧州型」の制度では、地域の外国人局や移民局などが外国人に対し滞在許可証を発行する。滞在許可証の発行の前提として、健康保険を中心とする社会保険に加入しているか、あるいは、社会保険加入義務のある雇用の場で就労するかどうかを審査している。また、最低基準を満たさないような住宅に居住する外国人には、同様に、最低基準を満たす公共住宅への入居手続きを取る場合もある。これらの規定は、移民・外国人関係法令において規定されている。

 

 このように、社会統合政策は、出入国管理法令(又は移民関係法令)における行政当局による外国人の滞在許可又は労働許可(事業主の雇用許可の場合もある)との連動によって、効果を発揮する。

 

 戦後の日本の出入国管理制度は、アメリカの移民法(非移民に限定)をモデルに、1952年に制定された出入国管理令がもとになっている。このような「アングロ・サクソン型」の制度においては、自治体又は地域レベルの官署に滞在許可の権限はなく、国境で付与される「在留資格」(アメリカではビザ・ステータスと証する)がすべてである。この制度の下では、ひとたび就労が可能な在留が許可されると、その後、無保険状態で就労しても、労働法令違反の労働条件で就労しても、在留資格自体は合法的である。実際の在留の状況をチェックするには、在留資格の延長や更新をする際に、地方入管局が事後的に審査するしかない。こうしたメカニズムを強化するため、入管法第20条及び第21条の在留資格の更新や変更の際の審査項目が、「ガイドライン」として公表されている。しかし、これだけでは、外国人の在留が、労働、社会保険関係法令に違反する状況になっていたり、同時に、納税や保険料支払いなどの義務を行使することができなくなっていたりするのをチェックすることが困難である。

 

 このような地方入管局(又は自治体)での権利義務関係のチェックは、外国人を管理し、強制送還を行うためのものではなく、外国人の人権が保障されるよう、実態を改善するために行われなければならない。

 

 改定住民基本台帳法によるデータベースを使用し、社会保険や雇用保険、納税、将来的には、外国人の子どもたちの教育の状況などを外国人の権利・義務関係をしっかり確認し、権利行使又は義務履行ができていない場合には、市町村自治体がこれを支援する仕組を強化する必要がある。そのような仕組は、個人情報をため込むのが目的ではないから、社会保険などのデータベースにアクセスできるのを、担当する職員のみに限定し、本人の加入又は支払の状況を確認することを可能にすべきである。

 

 ような情報システムを運営し、自治体や関係機関とのネットワークで、無権利状態の外国人に対する継続的な支援を行うことは、「移民庁」の社会統合政策の重要な任務と考える。「移民庁」はそのような意味では、雇用、社会保険、教育、医療など、多方面の施策に関与するが、それは、関係省庁から、業務をすべて移管することによってではなく、出入国管理政策と社会統合政策を連携させる法体系によって可能になるのである。欧州における外国人庁や移民庁は、外国人のデータベースの厳密な管理と一体になって運営される現実をみてほしい。

 

 日本の場合、出入国管理制度における自治体の権限が弱く、滞在許可という制度はない。しかし、外国人在留者の権利・義務状態を確認する仕組みができ、無権利状態を改善する行政権限を付与できれば、「大陸欧州型」のシステムと同様の法的効果を発揮することも可能になる。こうした行政を効果的に実施するためには、安全で信頼できるデータシステムが必要である。権利・義務関係を調べるため膨大な時間をかけていては、権利救済ができない。

 

 そのような意味で、出入国管理政策と、社会統合政策(多文化共生政策)は、連動しなければならない。このような考えに対し様々な異論がある。その多くは、出入国管理行政による「管理」を否定的に考えることから生じる。

 

 筆者が考える移民庁は、法務省の出入国管理行政の目的を、「外国人の公正な管理」から、「外国人の公正な管理と権利の擁護」に改めたうえ、法務省入国管理局を法務省から分離し、これを基礎にして、内閣府に移民庁を設置して、以下のような組織に拡充するというものである。

 

 わが国の移民庁には、政策・立法措置の企画立案機能と、現行制度の実施・管理機能との両方が必要である。この点は、先進諸国で、政策の企画立案は内務本省などが実施し、移民庁が実施・管理の機能のみを担う場合とは、明確に区別されねばならない。

 

 関係省庁又は内閣総理大臣に対する勧告権を制度化することは重要だが、形式化する恐れが高い。そこで、「包括的移民政策の推進のための3カ年計画」(仮称)に、制度改正の内容と実施期限を明記して閣議決定し、関係省庁に作業を義務付けることが効果的である。

 

 日本が、今後も「アングロサクソン型」の出入国管理行政組織を維持する限り、自治体は、「大陸欧州型」のような許可・審査の権限を持てない。この意味でも、日本に創設する移民庁には、出入国管理制度と社会統合政策が連動する組織が不可欠である。

 

 そのうえで、移民庁が日常から自治体や地域NPOなどからニーズを吸い上げ、国の社会統合政策に反映させ、地域における多文化共生のイニシアチブを支援する必要がある。

 

 移民庁は、包括的移民政策の企画・実施のため、関係省庁に対する指揮権をもち、合意を閣議決定して期限を区切って関係省庁に実施させるだけでない。独自の行政組織として、新たに外国人の日本語学習機会を保障するシステム(本来は文化庁が所管。関係省庁出先機関でも一部実施)を所管するほか、難民受入れ政策(現在は外務省が所管)を統合し、入国から定住に至る難民支援を系統的に実施することが期待される。

 

 さらに、東アジアの制度的な経済統合が進んだ場合、移民庁は、関係諸国の同様の行政機関との間で二国間・多国間の協定を結び、国際的な連携のなかで問題を解決することも必要になる。

 

 移民庁の業務を行う公務員は、関係省庁からの出向者のみで構成すべきではない。自治体、地域NPOや民間企業からの派遣者を十分に活用するほか、大学など教育機関で養成された移民政策や多文化共生の専門人材を採用し養成することが重要になる。

 

 以上のように、包括的移民政策のための新たな組織としての移民庁は(図参照)、欧米諸国の組織をそのまま模倣するのでなく、わが国の出入国管理システムの特徴を考慮し、移民庁の関係省庁に対する効果的な指揮権を具体化し、地方自治体の関係などを十分に考慮できるように構想さるべきである。

 

  

資料出所:筆者作成。

 

 

主要参考文献

 

- 井口 泰(2011a)「技能実習生への依存を高める地域経済」 『週刊エコノミスト』2011年8月9日号、 

 

- 井口 泰(2011b)『世代間利害の経済学』八千代出版。 特に、第7章。

 

- 井口 泰(2011c)「外国人政策の改革-労働・社会保障から日本語学習までー」『ジュリスト』No. 1414, 2011.1.1. pp4~9

 

- 佐藤寛晃、井口 泰(2011)「世界経済危機後の在日インド人のコミュニティの諸相―越境するビジネスネットワークの視点から―」『移民政策研究』第4号, pp54-70

 

- 井口 泰・長谷川理映(2010)「世界経済危機下における労働市場政策の新たな展開」関西学院大学経済学部研究会『経済学論究』第64巻第2号、pp 39~71

 

- European Commission (2009) Employment in Europe, Brussels

 

- German Federal Ministry of Interior (2008) Final Report G8 Expert Roundtable on Diversity and Integration, Berlin ほか。

 

   -Human Rights Council, United Nations,(2011) Report of Special Raporteur on the Human

Rights of Migrants, Georges Bustamante (Mission to Japan)