外国人雇用法の構想について

2003年9月30日

                       関西学院大学 井口 泰

                              

 経済不況が続くなか南米日系人をめぐる情勢が厳しさを増している。1990年代後半以降、南米日系人労働者の滞在が長期化し、就業と生活の条件は厳しさを増し、子弟の教育問題も深刻化している。

 日系人の就労と生活をめぐる諸条件は、1989年改正の出入国管理及び難民認定法(以下、「入管法」という)によって大きく変わり、1990年代前半に日伯間の公的就労経路が発足し国内の職業紹介体制の整備が進んだほかは、既存の社会保障制度がそのまま適用された。

 もともと日系人は、就労目的で受け入れられたわけではないが、日系人問題の深刻化は、外国人労働者の受入れ制度全体を見直す新たな契機となる可能性もある。

 本稿は、南米日系人の就労と生活の問題を年頭におきつつ、アジアにおける地域経済統合の流れのなかでわが国の果たすべき役割に配慮し、外国人労働者受入れ制度の抜本的な見直しを展望し、具体策として外国人雇用法の構想について論じる。 

 

1. 外国人雇用法の必要性

 外国人雇用法は、外国人労働者の権利を確保し、不法就労を防止して国内労働市場を守ることを目的とし、労働行政と入国管理行政の連携の強化を重要な柱とすべきものである。

 その際、各行政の権限を二重化することなく、限られた人員と権限を効果的に発揮することが必要である。また、多面的なチェックを実施し、行政官の守秘義務規定の適用範囲を明確にし、行政機関の情報の共有化を促進する必要がある。

 同時に、外国人雇用法の制定と併せ、社会保障関係法令、外国人研修・技能実習関係法令を改正する必要がある。

 さらに、東アジアにおける経済連携協定の締結を展望しながら、労働者受入れに関する二国間協定と国内法制との関係を明確にすることも重要課題と考えられる。

 このように、外国人雇用法の制定は、南米出身の日系人を巡る諸問題の解決のみを主眼とするものではあり得ない。もともと、わが国は、日系人を出稼ぎ労働者として受け入れたのではなく、過去の出移民の子孫に対する支援政策の一環として国内における就労の可能性を与えたものである。ところが、これら日系人の日本国内での滞在が長期化し、必要な支援・保護の施策を講じる必要が生じていることは、外国人雇用法の制定に当たって十分に考慮すべきである。つまり、外国人雇用法や社会保障関係法令などの見直しや、関係官署と自治体との連携は、日系人の問題解決にも資するものである。

 

2. 外国人雇用法の主要内容

 外国人雇用法の骨格となる新たな規定として、以下の諸点をあげておきたい。

1)「雇入れ時の在留資格の確認義務」の創設

 外国人労働者を雇入れるのに伴い、使用者に、外国人労働者の法的資格・地位(又は在留資格)を確認する義務を課す。

 現行入管法では、労働者の雇入れに伴い使用者に在留資格の確認義務を課していない。労働者の雇入れは、基本的に、労働法上で規制されるべき行為である。そこで入管法は、第73条第1項において、「外国人に不法就労活動をさせた者」や「外国人に不法就労活動をさせるためにこれを自己の支配下においた者」に不法就労助長罪を課すにとどまる。

 本来、入管法の罰則に対応し、労働法においては、外国人労働者雇入れ時の在留資格の確認義務を使用者に課すべきであった。その意味で、この規定の新設は規制強化と見なされるべきではなく、使用者の行為に関する規範が、従来の労働法の上で欠落していたに過ぎない。

 当該規定が設けられた場合、使用者は、外国人が、入管法上、滞在や就労が認められた外国人であるかどうかを確認しなければばらない。これを怠った場合には、労働法上の制裁(反則金、繰り返しの場合は加重することが考えられる)を受けることを規定すべきである。つまり、法で定められた手続(形式)を履行しなかった場合の制裁は、司法処分としての罰金や懲役は過重すぎるので、行政処分(例えば、反則金)が相当と考えられる。

 また、労働法上、外国人に労働許可又は雇用許可といった別途の許可制度を設け、許可なく雇い入れた場合に使用者に刑事罰を課す方法がない訳ではない。しかし、入管法の在留資格制度との重複を生じ、関係省庁の合意を得ることには困難が予想される。

 これに対し、使用者に対し外国人労働者の在留資格の確認義務を課すことは、広い意味で、労働者保護や不法就労の抑制という目的に合致し、労働基準監督官署と入国管理当局との連携強化を実現する上でも不可欠である。

 

2)「外国人雇用状況報告」の義務化及び「外国人雇用データベース」

 外国人労働者の労働条件確保及び社会保険加入の点検などを強化するため、「外国人雇用状況報告」を使用者の義務とする。この措置は、労働者保護の視点から正当化される。

 現在、職業安定法には、外国人労働者を雇っている企業から報告を徴する旨の規定は存在しない。唯一、同法第53条の2において、厚生労働大臣は法務大臣の協力を求めることができるとされ、この協力を求めるのに必要となる外国人雇用の状況の把握のため、職業安定法施行規則第34条において、厚生労働大臣は事業主に外国人雇用状況の報告について協力を求めることとされてきた。

 しかし、外国人雇用状況の把握は、厚生労働大臣が法務大臣に協力を求める場合に限らず、日頃より、厚生労働関係官署と地方入国管理局が連携して外国人雇用・労働条件及び社会保険加入状況などの点検し、不法就労を防止するために必要である。

 そこで、事業主の在留資格の確認と雇用・労働条件及び社会保険加入の状況の点検に資するため、事業主に対し外国人雇用状況報告を義務化し、公共職業安定所、労働基準監督署、社会保険事務所及び地方入国管理局が、個人情報の厳重な管理の上で共有する。

 具体的には、「外国人雇用データベース」を設置し、外国人労働者の保護及び外国人の在留管理の共通の目的のため、前述の官署に限りアクセスできるものとする。ただし、プライバシーの保護には十分な措置を講じるものとする。

 なお、外国人雇用状況報告の内容も、外国人労働者の氏名や在留資格などを追加することや、必要な場合には随時提出を求めることができることなどの改正を行なう。

 

3)「外国人労働者雇用・労働条件に関する指針」の法制化

 現行の「外国人労働者雇用・労働条件ガイドライン」は、厚生労働省の連名の局長通達の形で制定され、公共職業安定所及び労働基準監督署の行政指導に用いられているが、周知及び履行は極めて不十分な状態にある。

 そこで、外国人雇用法において事業主が守るべき基準として、厚生労働大臣は、「外国人労働者の雇用・労働条件に関する指針」を定めるものとする。その際、同指針と入管法の上陸審査基準との整合性を確保しなければならないものとする。

 

4)国外にわたる職業あっせん仲介事業者の許可

 国外にわたる職業紹介に従事する民営紹介事業者の許可は、職業安定法第32条に基づき、

職業安定法施行規則第24条に基づいて行なわれている。また、労働者派遣法では、国外にわたる労働者派遣は認められていない。

 これらの国外にわたる職業紹介ないし労働者派遣に関する規定を、職業安定法から分離して、外国人雇用法において規制する。なお、入管法との整合性を確保するため、許可基準は、法務省入国管理当局の意見を聞いて定めるものとしてもよい。

 外国人雇用法においては、仲介業者が入管法違反の仲介をした場合は、事業の許可を取り消す。同時に、入国管理当局は、許可を得ない仲介業者のあっせんにより入国する労働者については、労働者の入国を禁止し、あるいは、滞在の延長を行なわないなどの措置を講じる。

 

5)外国人労働者の権利保護のためのオンブズマンの設置

 外国人労働者の権利を保護するため、外国人雇用法に基づき、特別の専任官(オンブズマン)を地方官署に配置し、外国人労働者の権利救済のための相談を行なうほか、適宜、法の運用に関して、行政に対し、必要な教示又は提言を行なう。

 

6)労働者受入れ等のための二国間協定の締結と手続き

 将来において、特定国との二国間協定による労働者の受け入れ及び国際的な協力による仲介業者の監督などが可能となるよう、外国人雇用法に、日本の関係官署と特定国の関係官署との間の協定を締結することができる旨の根拠条文を設け、二国間協定の締結に必要な手続などを規定する。

 

7)外国人雇用税又は外国人雇用限度率

 外国人雇用税や外国人雇用限度率などの構想については、現段階では、合意は得られないと考える。

 外国人雇用税は、「内外人平等」の観念を大きく損ねるとともに、外国人労働者の受入れにペナルテイを課す結果となる恐れがある。むしろ、外国人雇用税が正当化される場合とは、それによって、実質的に内国民待遇を確保する場合といえよう。

 また、外国人雇用限度率も、使用者の採用の自由を損なう観点からみれば、一般制度として設けることは考えにくく、実施する必要があっても、その対象を限定する必要があると考えられる。いずれにせよ、これら措置が実現可能な場合は、外国人雇用法のなかに規定することが考えられる。

 

8)守秘義務規定の限定

 「外国人雇用データベース」に関連する関係官署の間の情報提供に関しては、各行政の守秘義務規定を適用しない。また、犯罪捜査及び不法就労の疑いのある場合以外は、警察当局への情報提供は行なうべきでない。

 

3. 外国人雇用法と連動した社会保障関係法令の改正

1)外国人労働者の健康保険加入の特例

 出稼ぎ労働者の健康問題に対処するため、1年未満しか滞在が予想されない労働者についても、何らかの疾病保険への加入を担保する必要がある。

 このため、健康保険のみの特別加入制度を創設するか、滞在1年未満の者に対する民間による外国人疾病保険(又は同等の保険)への加入を使用者に義務づける。そのチェックのため、地方自治体と労働基準監督署、公共職業安定所が連携して対処するべきである。

 

2)老齢年金に関する最低加入期間の短縮

 厚生年金保険には、外国人労働者の脱退一時金制度が設けられているが、3年を超え25年未満の期間にわたり日本に在留を希望する外国人にとっては、厚生年金保険料が掛け捨てになる可能性が高く、日本への滞在のペナルテイとして機能しかねない。

 この問題について、主要国との年金協定の締結で解決することが本来の姿であるが、時間がかかりすぎる上に、相手国の年金制度が未発達な場合は協定の締結自体が困難である。

 そこで、厚生年金の受給権を、現行の加入期間25年ではなく、一定の在留資格を有する外国人については15年以上で保障(給付は、適正な保険数理により減額)し、3年を超えて滞在する外国人の15年以上の滞在を促進することを検討すべきである。ちなみに、アメリカでは、年金権発生に必要な加入期間は10年、ドイツでは5年である。

 なお、50歳以前に来日する場合がほとんどですれば、年金受給開始までの加入期間は最低でも15年を超えると考えられる。

 

4. 外国人研修・技能実習制度関係の法令の改正

 外国人研修制度については、「企業単独型」の受入れの場合には、国外の生産拠点への技術移転に効果的に寄与するものの、中小企業団体による「団体監理型」の受け入れの場合、技術移転の効果も測定されず、研修生の選任プロセスが不透明で、しかも、仲介業者による多額の管理費徴収の問題など、その制度適正化に多大の労力を必要としている。

 この制度を改革する形で1993年に生まれた技能実習制度においても、類似の問題が発生しており、国際研修協力機構の適正化指導やフォローアップ調査に関わらず、ベトナムや中国からの実習生に失踪があとを絶たない。

 一般的に、外国人研修生・技能実習制度は、度重なる濫用事件のために、国際的に評価を落としており、問題を根本的に解決することを必要としている。

 

1)実務期間が半分以上の研修生への労働法の適用など

 具体的には、研修期間の半分以上を実務研修に当てる研修は、すべて、就労扱いし、外国人雇用法ほか関係法令を適用する。また、研修生又は技能実習生の人選プロセスを明確にし、研修生仲介の過大な手数料を規制し、技能移転が期待できるかどうかを、基準に従って評価するか、それが困難な事案は、第三者に評価させる必要がある。

 なお、入管法上の在留資格「研修」は、研修期間のうち実務研修の比率が低いもののみとし、就労扱いとなる研修について、新たな在留資格を設ける必要がある。

 

2)研修生又は技能実習生の再来日基準の明確化

  研修生又は技能実習生について、一部で認められている再来日の可能性を基準の上で明確にする。技能水準と日本語能力の基準を満たす場合には、「技能」の在留資格による入国と就労の途を開くなど、法令を遵守することに対してメリットを与え、失踪のインセンテイブを減らすことが不可欠である。

 

5. 出入国管理及び難民認定法及び外国人登録法の改正

 外国人雇用法の制定とあわせ、また、既に言及した事項以外に、出入国管理及び難民認定法及び外国人登録法の改正が必要と考えられる諸点を挙げると以下のようになる。

 

1)上陸拒否事由の追加

 外国人雇用法と連動し、入管法第5条の外国人の上陸拒否事由を追加し、外国人労働者の年間の受入れに関する数量制限、労働市場における需給テスト又は企業別の雇用割合などのの規制を発動できるよう改める。これらは、特に、二国間協定による労働者受入れなど特別な場合について、柔軟な入国管理の実施を担保するために必要である。 

 

2)社会的統合と永住許可要件の透明化

 国内での一定の活動のために又は一定の地位を持って合法的に滞在して就労している外国人及び家族について、例えば、既に5年間合法的に滞在した場合、新たに5年(又は10年)間、有効な在留資格を付与し、その後、客観的な要件(一定以上の教育水準、技術、技能、知識、日本語能力など)を満たせば、随時、永住権を取得できるようにする。なお、将来的には、永住資格に関して「点数制度」を導入することも検討に値する。

 このような措置は、現行の入管法第22条、入管法施行規則第22条第1項の規定に比べて、一見、規制強化となるように見える。しかし、段階を追って、安定した在留資格を付与するなど、永住権に関する制度を透明化することで、外国人の側の社会的統合への努力を促進する効果がある。

 なお、国内に滞在し、永住を希望する外国人に対しては、日本語教育や一般教育などの面で必要かつ総合的な支援を行なうことも考えられる。

 

3)高度な人材に対する永住許可要件の緩和

 高度な人材に関し、関係する国内の機関から推薦があり、わが国の研究開発や教育などに寄与できることが十分に予想される場合、入管法第22条及び入管法施行規則第22条の規定を緩和し、日本語能力の有無などにかかわらず、永住許可を付与できるようにする。

 

 

4)市町村自治体の外国人住民に関する権限の強化

 市町村など地方自治体は、外国人雇用状況データベースを通じて情報を共有するのみならず、外国人労働者や家族の国内での就労と生活条件に積極的に関与する途を開く。

 具体的には、市町村自治体が、居住する外国人住民の社会的統合のため、必要な措置(外国人住民の登録、社会保険加入のチェック、地方税の徴収、住民サービスの提供及び外国人の権利保護など)を講じることができるよう、外国人登録法を改正する。これに対応し、外国人居住者も、住民登録、社会保険加入などに関し、市町村自治体に対して義務を負うこととすべきである。