新しい在留管理システムに関する提案                     -外国人住民基本台帳制度の構想―

平成19年10月10日 

                   規制改革会議専門委員 井口 泰

 

1 政府全体として整合性のある改革を目指して

 

(1)「規制改革推進のための3か年計画」

「規制改革推進のための3か年計画(平成19年6月22日閣議決定)」は、①外国人の権利の保護及び義務の履行に係る情報について、国の機関と地方公共団体との間及び国の機関同士において、合理的な範囲で相互に照会・提供する仕組みの整備を行うこととし、②外国人の身分関係や在留に係る規制については、原則として出入国管理及び難民認定法に集約しつつ、市町村が外国人についても住民として正確な情報を保有して、その居住関係を把握する法的根拠を整備する観点から、住民基本台帳制度も参考とし、現行の外国人登録制度を適法な在留外国人の台帳制度へと改編するとしている。このため、関係省庁は関係法案を遅くとも平成21年通常国会に提出することとされている。

 

 

(2)法務・総務両省の意見対立 

 ところが、この計画を実現する方法に関し、法務省と総務省の間で深刻な見解の対立が生じている。その基本的な対立点を整理すると以下の通りである。

 まず、①法務省は、地方入国管理局(在留資格制度の実施)と市区町村(外国人登録証の交付)による「二元的」な「在留管理」が行われていることが問題だとし、これらを全て地方入国管理局に「一元化」するため出入国管理及び難民認定法を改正し、在留資格がない又は無効な外国人に対し外国人登録証を交付している現状を是正する必要があると主張する。これと同時に、総務省に対して、日本人に適用されている「住民基本台帳」を外国人にも適用することを求め、それによって、外国人の住民サービスの基礎となる台帳が整備できると主張する。

 

 これに対し、②総務省は、市区町村など自治体が、「多文化共生施策」を実施することを奨励する(2006年5月「多文化共生プログラム」)一方で、地方分権の時代に、政府が過干渉することは好ましくないという考えから、「多文化共生施策」のため国自身が制度整備を行うこと自体には消極的である。特に、「住民基本台帳」を外国人にそのまま適用することは不可能であり、出入国管理と無関係に、外国人住民の台帳制度を設けることは意味がないと主張する。

 

 両省の協議にもかかわらず、その意見の隔たりはなかなか狭まらず、「規制改革推進のための3か年計画」の趣旨を実現する法案作成の前途には暗雲がただよってきた。

 

 なお、厚生労働省は、既に平成19年通常国会に提出した雇用対策法改正案において、「外国人雇用状況報告制度の拡充と義務化を実施し、本年10月1日に施行された。今後は、在留管理全体の改革を通じ、外国人の権利と義務の確保につなげていくことが必要である。住所や就労先の異動の多い外国人の把握にとって、極めて重要なステップとなったと考えられる。

 

 

(3)関係省庁の主張の問題点と規制改革会議の見解

 以上のような状況を踏まえれば、在留管理システム全体の改革に当たっては、その必要性や全体像を、国民に分かりやすく説明し、個別省庁の行政目的の実現にとどまることなく、政府全体の視野で議論を進めることこそ、極めて重要と考える。

 

 規制改革会議は、その前身である規制改革・民間開放推進会議の第二次答申(平成17年12月)以来、在留管理の改善にあたっては、「出入国管理政策」と「地域・自治体レベルの外国人政策」を外国人政策の2本柱とし、これらを連携させるため、「省庁横断的なシステム」を構成することが課題としたのであるが、その真意は関係省庁に理解されていない。

 

 例えば、規制改革会議のいう外国人の台帳制度には、「外国人の公正な管理」という出入国管理及び難民認定法の目的以外に、市区町村が、「外国人の権利行使と義務履行の確保」(又は「住民の利便」)を図るという行政目的が存在する。

 

 これに対し、法務省は、あたかも、①出入国管理及び難民認定法の改正で「在留管理一元化」を、②住民基本台帳法において「外国人への住基適用」を、それぞれ、別個に実現すればいいと考えているように思われるが、それは困難であるといわざるを得ない。

 

 そもそも、「在留管理の一元化」が、外国人に対し、住居や就労場所の届けまでを、市区町村(全国で1800程度)でなく、地方入国管理局(全国で80程度)にさせようという意味であれば、それは、非現実的である。なぜなら、居住地を離れてこうした届けをするには、仕事を休んだり、賃金の減少を覚悟したりしなければならず、罰則で履行を担保したり、不履行が在留の権利の不利益をもたらすからといって、届出の内容を「正確化」する手段として優れているとは言い難いからである。そこでは、不法残留の外国人に「外国人登録証」などの証明書を発給しないという意味で、合法的に在留する外国人に関する「正確性」が実現されるに過ぎない。

 

 むしろ、問題なのは、外国人の住所や家族構成を始めとする現行の外国人登録の内容が実態を正確に反映していないという点である。そこで、住民基本台帳法で日本人に関して実施しているのと同様に、市区町村職員が調査を行い、「実態世帯」を把握し、台帳を修正することができるように、外国人の世帯に関する記録を正確化する権限を付与することが不可欠である。

 

 市区町村は、「実態世帯」の情報を必要とし、市区町村職員は、これを用いて、住民の権利義務関係を特定し、納税や保険料支払の有無などを調査しなければならない。しかし、入国管理行政の職員に、そのような業務を遂行する時間やモチベーションがあると思われない。

 

 結局、法務省の言う「在留管理一元化」は、外国人の利便性と快適性を著しく損ない、外国人人材を積極的にわが国に受け入れようとする方針に逆行する可能性すらある。そもそも、法務省の「在留管理一元化」の主張は、まず、「規制改革推進のための3か年計画」の考え方と矛盾する。

 

 また、わが国では、多くの外国人が、日本の制度や社会に関する基本的知識や最低限の日本語能力も得る機会もなく、権利の行使と義務の遂行を保障されることもなく、地域に流入しているという実態がある。 

 

 したがって、総務省が、「多文化共生施策」に関する制度的なインフラ整備を実施せずに、ただ、市区町村に通知を送付するだけでは、「多文化共生施策」の実現はおぼつかない。なぜなら、地域の外国人の権利の履行と義務の遂行を確保することができなければ、外国人の文化や言語を尊重するといってみても、これら外国人に、地域での自立と安定した生活を保障することができないからである。そのような市区町村に、「多文化共生」を自称する資格があるとは思われない。

 

 結局、総務省は、国の制度を一切改善することをせずに、「多文化共生」が実現できると考え、同時に、外国人に「住民基本台帳制度」を適用することは不可能だと主張するが、外国人のために「住民基本台帳制度」に近接した制度を導入しなければ、外国人住民の権利・義務関係を確保することができない。

 

 

2 新たな在留管理制度が備えるべき条件

 

 ここで、海外の先進諸国に目を転じ、日本を含む主要国における広義の在留管理システムの状況を比較してみよう(別表1)。

 

 第1は、「アングロ・サクソン型」の在留管理である。まず、日本は、戦後、アメリカの移民法(非移民関係)の影響をうけて「出入国管理令」を設け、サンフランシスコ講和条約の発効とともに日本国籍を失った在日朝鮮・韓国人の管理のため、「外国人登録法」を制定した。

 

 入国時のコントロールを重視し、上陸許可とともに在留資格を付与し、必要のある場合や、必要のある集団について登録制度を設ける方法は、「アングロ・サクソン型」の外国人政策の特徴である。この仕組みでは、出入国管理に情報・権限が入国管理行政に集中しやすく、自治体の役割は相対的に小さい。

 

 この制度を採用した国は、内外人差別の禁止などが国内施策の中心になり、難民など特定集団にしか特別対策を実施しない傾向がある。そもそも、英米の自治体は、選挙人名簿の登録はあっても、住民登録制度は存在しない。こうした状況で、市民の権利・義務関係を確認するため、アメリカでは社会保険番号、イギリスでは、納税者番号が広範に利用されている。これが、異なるデータベース間の突合を可能にし、権利・義務関係の確認に用いられている。

 

 第2は、「大陸欧州型」の在留管理である。国境警察が、外国人に上陸許可を与えたとしても、一定以上滞在する場合は、住所を定めた自治体(県又は市町村)にある移民局(又は外国人局ないし外国人警察)において滞在許可を得なければならないのが「大陸欧州型」の特徴である。

 

 なお、EUは、自治体に外国人市民への「ワンストップ・センター」を設置し、滞在許可を発行するとともに、同時に就労許可の確認や、雇用・労働条件、社会保険加入、教育、住宅などの条件を確保できるようにすることをモデルとしている。

 

 しかし、実際に大陸欧州の諸国の仕組をみると、依然として、非常に多様な姿が浮かび上がる。ここでは、「大陸欧州型」のなかで、フランスとドイツ・オランダのタイプを区別した。

 

 まず、フランスの場合、アングロ・サクソン型と同様、住民登録制度がないことと、住民総背番号制度が導入されていること、自治体が全て中央省庁の出先となり、情報融通が可能なことが特徴としてあげられる。

 

 これに対し、ドイツ・オランダの場合、自国人と外国人に住民登録制度があること、住民総背番号制度は認められていないこと、自治体と関係省庁との情報融通のために共用データベースを活用していることが上げられる。

 

 以上のような類型のなかでは、わが国のシステムは、一見、「アングロ・サクソン型」であるが、住民登録制度があることや、近年、自治体による外国人政策の重要性が高まってきたことから、ますます、「大陸欧州型」に近い実態が生じている。こうしたことから、今後のわが国の制度設計を考える場合には、「アングロ・サクソン型」の出入国管理制度の根幹を維持しつつ、入国管理行政が在留資格を発給するとしても、「大陸欧州型」の自治体機能を強化するため、住民に対するサービスの基盤となる住民基本台帳を外国人についても整備し、「住基システム」の一部を仕分けてデータベースとして活用し、自治体と省庁が必要なデータの照合・確認を行えるようにすることが構想できる。特に、わが国の場合、本年10月1日から、事業主から職業安定所への「外国人雇用状況報告」が拡充・義務化されたので、「アングロ・サクソン型」の弱点の一つである就労場所及び在留資格の確認が実現された。また、出入国管理及び難民認定法第20条から第22条に基づく在留期間更新、在留資格変更及び永住権付与の審査要件に、雇用・労働条件、税、社会保険、教育などの要件を加え、要件の事前チェックの機能を、自治体の窓口に与え、日常から外国人に対する行政サービスの一環として指導を行うことが考えられる。

 

 なお、外国人に対する社会保障の適用するにあたって、「外国人住民基本台帳」を活用することにより、住居のみならず就労場所の変更と社会保険などの加入手続と連動させることも重要な課題として浮上している。

 

 

3 「住民基本台帳」に近接した「外国人住民基本台帳」の可能性

 

 従来、日本人のみを対象とする住民基本台帳制度では、「実態世帯」を把握し、これに基づいて住民サービスを実施するとの考え方に立ち、市区町村の職員が調査し職権で情報を修正する権限を有している。

 

 しかし、外国人登録制度の下では、個人としての外国人の「公正な管理」が目的とされており、自治体職員はその情報を職権修正できない。また、国際結婚の増加に伴い増加している「混合世帯」の場合、制度上、外国人を住民基本台帳には記載できず、各自治体は、住民基本台帳の欄外に、外国人の構成員を書き込んで対処せざるを得ない。

 

 そこで、適法に我が国に在留する外国人のための台帳制度(以下、「外国人住民基本台帳制度」という)を整備する場合、①外国人住民の居住関係を明確なものとし、在留外国人の公正な管理に資するだけでなく、②外国人住民の利便を増進し、国及び地方公共団体の行政の合理化に資すること併せて目的とすべきものと考えられる。

 

 このような制度は、「外国人の公正な管理」と「住民サービス又はその権利・義務の確保」という異なる行政目的を同時に実現する共通の台帳であるから、どちらか一省の管轄とすることは難しく、法務省及び総務省共管とすることが最も自然な考え方と思われる。

 

 その際、別図1のとおり、日本人の「身分関係」と「居住関係」が、それぞれ戸籍制度と住民登録制度に具体化されているという視点に立てば、外国人の「身分関係」は出入国管理及び難民認定法に基づく「在留資格制度」によって、「居住関係」は、市区町村の新「外国人住民基本台帳制度」によって担われるべきものである。

 

(図1)新しい在留管理制度のイメージ

 

 

(出典)井口泰(2007b)

 

 ここで、日本人と外国人の台帳を比較してみると、①「住民基本台帳ネットワークシステム(以下、「住基ネット」という)のデータベースのうち、「戸籍」の部分を再定義し、国籍、在留資格、就労場所など、出入国管理行政が提供する情報を入れる。また、②同データベースの「本人確認情報」の部分に含まれる氏名、生年月日、住所、住民票コード及び付随情報については、日本人と外国人を概ね共通化する。これに加え、既存の「総合行政ネットワーク」(LG-WAN)を活用して、③各自治体から、関係省庁の管理する社会保険、税、教育などのデータベースにリアルタイムのアクセスを行い、当該外国人の保険料・税の支払状況を照会できるようにする。こうして、自治体レベルで、厚生年金や共済年金にも国民年金に加入しない無保険者を発見して加入を促すとともに、税の滞納を早期にチェックし、納税を促すことができる。

 

 なお、同様に、出入国管理行政は、出入国管理及び難民認定法第20条から22条(在留期間の更新、在留資格の変更及び永住権の付与)の審査の際に、基本的な権利・義務関係をチェックできる。つまり、社会保険加入、納税、子どもの就学など、外国人の権利・義務関係を効率的に確認することができる。もし、在留資格の更新に来た外国人の地方税滞納を発見した場合、納税を済ませることを条件に期間の更新を認めることとすればよい。

 

 この構想の場合、「住基ネット」や「LG-WAN」の容量の範囲内で、システムの読替えに必要なソフトを導入する等の措置により、外国人住民基本台帳を「住基ネット」の仕切られた部分で運用することが可能である。なお、将来は、日本語講習への参加、子どもの就学状況などをデータベース化し、情報を照会できるようにすべきである(ただし、照会した情報を蓄積する必要はない)。

 

 このためには、法務省と総務省が、「外国人の公正な管理」と「住民サービス又はその権利・義務の確保」という、それぞれ異なった行政目的を実現するための共通の台帳制度として、両省共管で、「外国人住民基本台帳制度」を法制化することが考えられる。 

 

 この法律を共管とすることには、両省に異論があると考えられるが、両省の果てしない対立に終止符をうち、省庁横断的なシステムを構築するためには、同じ台帳を複数の行政目的のために使用するという従来の制度にはない考え方を導入しなければならない。

 

 また、近年の国際結婚の増加に伴って増加している、構成員に外国人が含まれる世帯(いわゆる「混合世帯」)については、その世帯情報を外国人を含めて「住民基本台帳」に移行させることが考えられる(別図2及び3)。

 

 このような外国人の台帳を整備する際、現時点では、わが国に約200万人程度在留するにとどまる外国人のために、新たなデータベースを構築することは、財政支出の面では全く不効率である。

 

 約1億2800万人の日本人の住民の便宜を図るために構築され、法令に基づいて、地方自治体や関係省庁からのデータの出力が可能な「住基ネット」の一部を仕切り、セキュリテイをさらに高めて活用することが考えられる。この方法によって、外国人のデータを「住基ネット」にそのまま蓄積することによる懸念を回避することができる。

 

 なお、在日韓国人・朝鮮人などの特別永住者については、①外国人住民登録制度に移行させる方法と、②特別永住者の状況に鑑み、住民登録制度に移行させる方法という2つの選択肢が存在するであろう。

 

 

資料出所:規制改革会議事務局作成

 

 

 

4 制度選択の可能性:「多文化共生」の制度的基盤VS「在留管理一元化」

 

 2005年6月以降、内閣官房が犯罪対策閣僚会議の下に設けた在留管理に関するワーキングチーム(課長レベルの会合)は、この問題に的確な対応策を提示したのだろうか。本章では、この「在留管理一元化」の構想を、「外国人住民基本台帳」を土台とした「多文化共生」の基盤づくりの構想と比較して検討する。

 

 内閣官房の報告は、本年7月3日に公表されている[1]。そこでは、「在留管理一元化」(法務省の「出入国管理」と市区町村の「外国人登録」の「二元的」制度の解消)が第1の目標とされた。その場合、外国人は、市区町村への住所などの届出は行わず、すべて地方入国管理局に届出なければならず、市区町村は、入管が一元的に収集した情報の提供を受け、台帳を維持するだけとなる。そこでは、「実態世帯」の把握や、市区町村職員による職権修正の問題は、重要な課題となってはいない。

 

 「規制改革会議」がいう在留管理は、出入国管理及び難民認定法上の「在留資格」に関する管理だけではなく雇用・労働条件、社会保険、税制、教育などを含めた外国人の権利・義務の確保を含む。既に述べた通り、「規制改革会議」の前身の「規制改革・民間開放推進会議」は、在留管理の改善にあたっては、「出入国管理政策」と「地域・自治体レベルの外国人政策」を外国人政策の2本柱とし、これらを連携させるため、「省庁横断的なシステム」を構成することが必要であると訴えてきた。

 

 そこで、平成21年の通常国会に提案すべき法案をめぐる政策選択の可能性を明らかにするために、①「多文化共生」の基盤整備のための構想、②「在留管理一元化」のための構想によって、法制度がどのように異なるのかを対照する(別表2)。

 

 「在留管理一元化」の構想は、「アングロ・サクソン型」の出入国管理制度の考え方を徹底し、市区町村の関与をむしろ減らす方向になるのに対し、「多文化共生の基盤整備」のための構想は、「アングロ・サクソン型」であるわが国の出入国管理制度の根幹を維持しつつ、地域・自治体レベルの外国人政策を制度的に強化し、省庁横断的な仕組を構築することにより、「大陸欧州型」の機能を兼ね備えた、日本独自の外国人政策の制度的インフラを構築するものとなるのである。政策の選択の核心は、実はここにある。

 

 「在留管理一元化」を目的とする法制度においては、出入国管理及び難民認定法のなかに、在留管理に関する情報の保有を市区町村に認める条文を規定するものの、外国人からの届出や申請の全ては、地方入国管理局に一元化される。もちろん、その業務の一部を市区町村に委託する案がないわけではない。ただし、「在留管理一元化」によって、届出られる内容が正確になる保障はなさそうである。なぜなら、職権修正や転入・転出の突合などの作業は行えないからである。新たなシステムが、「住基ネット」を活用しない場合、各市区町村は、リアルタイムで情報を照合して修正し、「実態世帯」を把握するには至らない。したがって、「社会保障カード」が導入されても、外国人への社会保障の適用を確保する作業において、日本人の社会保障加入と同レベルの改善を期待することは期待できないことも注意すべきである。

 

 以上のように、「多文化共生」の基盤づくりの構想と、「在留管理一元化」のための構想では、機能面では、明らかに「多文化共生」の基盤づくりの構想が優れているようにみえる。それでは、政策選択にあたって、残された重要な論点とは何であろうか。

 

 それは、データシステムの構築に関するコストである。「多文化共生」の基盤づくりの構想では、「住基ネット」の一部を仕切り、セキュリテイをあげ、これを活用することが、重要な論点の一つとなっている。これにどの程度のコストがかかるのか。また、「在留管理一元化」のための構想についても、「住基ネット」を利用しないで、新たなデータシステムを構築する場合は、どの程度のコストになるのかについて事務局を通じて試算してもらった。

 

資料出所:規制改革会議事務局資料

 

 ここで、パターン1は、法務省入管局が在留情報を管理し、市区町村は仕切られた「住基ネット」に住民情報を蓄積し、両者で情報の融通を行うとともに、レファレンスにLG-WANを使用した場合である。パターン2は、法務省入管局が在留情報を管理し、市区町村は、全く新たに導入されたネットワークに外国人住民情報を蓄積し、レファレンスにはLG-WANを使用した場合である。パターン3は、法務省入管局に、居住情報を含めた在留情報を蓄積し、自治体とのやりとりに可能な限り、既存システムを利用した場合である。

 

 パターン1は、「住基ネット」の仕組み(ハード・ソフト・通信回線・施設など)を流用するため、構築コストと運用コストが他のパターンよりも低くなる。特にネットワークの運用面では「住基ネット」の延長上で運用するため、他のパターンよりかなりコストを低くできる。構築コストがあまり下がらないのは、市区町村が有する既存の「住基システム」の改修を見込んだためである。これはインタフェースの改修ではなく、既存「住基システム」に外国人を登録するための改修作業(「戸籍」欄に外国人用項目を登録するなど)で、「住基ネット」改修時の70%程度の改修作業と見積もられている。

 

 改修作業負担については、さらにコストを下げる工夫が要請される。ただし、住民基本台帳に外国人が記載できることで、その後の複雑な業務運用を単純化することが可能で、市区町村の大幅な業務の効率化に資することができる。

 

 パターン2は「住基ネット」そのものを別個に構築するイメージとなるため、一番コスト負担が大きいパターンとなる。既存の「住基システム」の改修は、既に外国人登録システムを保有する自治体と読み替えて、約3割の自治体に改修が発生すると仮定した。システム構築時に「住基ネット」の設計やコンポーネントを流用し、構築コストを下げることができたとしても、運用コストの負担が大きくなる。

 

 パターン3はパターン2と同様、「住基ネット」そのものを別個に構築するイメージとなるが、入管(法務省の地方部局)と法務省を結ぶネットワークは既存のものを使うため、その分だけコスト負担は下げられる。運用コストの1割は現状のネットワークでカバーできるとして見積もったものである。

 

 

5 結論

 

 「規制改革推進のための3か年計画」を具体的に実施することは、わが国の外国人政策を改革するうえで極めて重要なステップとなる。

 

外国人政策においては、出入国管理政策と並んで、地域・自治体レベルの「多文化共生施策」の重要性がますます高まっている。そして、「多文化共生」施策が効果をあげるためには、地域で居住し就労する外国人の権利行使と義務履行を確保するための確固としたシステムを構築することが不可欠である。

 

 平成21年通常国会に提出する法案をまとめるにあたっては、法務省、総務省、厚生労働省を中心とする関係省庁が、各行政の目的の遂行という狭い目的のみに固執することなく、わが国の外国人政策を改革するため、新たなビジョンを共有するように希望する。

 

 本稿は、規制改革会議の「国際経済連携タスクフォース」における議論を軌道に乗せるために、実地及び文献調査を踏まえ、多くの関係者の協力を得ながら起草された。

 

 本稿を土台とし、在留管理の改善に関する議論を前進させ、政府として意義ある改革を実施し、地域・自治体との協力関係を前進させ、内外から高い評価を得、国際社会に貢献することができるように、関係省庁の理解と協力を期待する。

 

 

(参考文献)

 

‐Commission of the European Communities(2006)The Handbook on Integration for policy-makers and practitioners

 

-外国人集住都市会議(2004)『豊田宣言』

 

-外国人集住都市会議(2006)『四日市宣言』

 

- 外務省領事局外国人課(2006)『欧州及び北米各国における外国人の在留管理の実情に関する調査報告- 法務省入国管理局(2006)『平成18年度版 出入国管理』国立印刷局

 

‐法務省(2007)「新たな在留管理制度に関する検討状況(中間報告)」(第5次出入国管理政策懇談会在留管理専門部会)

 

‐井口 泰(2007a)「外国人の統合政策及び社会保険加入のための基盤整備-EU等の調査から-」国立社会保障人口問題研究所『季刊社会保障研究』Vol 43, Autumn 2007, No.2, 131~148ページ

 

‐井口 泰(2007b)「多文化共生の制度的インフラの構築」JIAM『国際文化研修』2007年秋Vol. 57, 50~51ページ

 

‐井口 泰(2007c)「外国人政策の改革の方向性と社会保障加入等のための基盤整備」厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業『人口減少に対応した国際人口移動政策と社会保障政策の連携に関する国際比較研究』平成16~18年度総合研究報告書(主任研究者千年よしみ)673~687ページ

 

‐井口 泰(2007d)「経済・労働市場の変化と外国人政策の改革-多文化共生施策の条件整備に向けて」『自治体国際化フォーラム』2007年1月 15~20ページ

 

- 内閣府(2005)『規制改革・民間開放推進会議第2次答申』(2005年12月21日)

 

‐内閣府(2006)『規制改革・民間開放推進会議第3次答申』(2006年12月27日)

 

‐内閣官房(2007a)『規制改革に関する3ヶ年計画』(平成19年6月22日閣議決定)

 

- 内閣官房(2007b)「外国人の在留管理に関するワーキングチームの検討結果につい20077月3日犯罪対策閣僚会議への報告〉

 

- 総務省(2006)『多文化共生に関する研究会報告書』(2006年3月)

 

[1] 内閣官房(2007b)を参照。