厚生労働省科学研究費補助金の成果(H23年度終了課題)

[研究課題名] 経済統合及び人口減少下における雇用戦略と社会保障の連携及び家族政策の可能性に関する国際比較研究

 

研究期間(年度):H21~H23

研究代表者:所属施設 関西学院大学・経済学部

氏  名 井口 泰

研究分担者:所属施設 京都産業大学・経済学部  

      氏  名 藤野 敦子

      所属施設 関西学院大学・国際学部

      氏  名 志甫 啓       

         

1.研究目的

 本研究は、東アジアを中心とする経済統合と人口減少下における雇用戦略と社会保障の連携の方策及び将来における総合的な家族政策の可能性を明らかにすることを目的としてきた。

 わが国では、長年、人口学を基礎として人口推計が行われ、その結果を前提とし、経済学を基礎として労働力供給推計が行われてきた。しかし、これでは人口変動が労働市場に及ぼす影響は考慮されても、就業率の変動が、家計構造や出生率を変化させ、労働力移動を誘因し、長期的に人口動態にもたらすといった反作用が反映されない。特に、短期的な就業率の上昇が出生率の低下をもたらすと、長期的な人口減少を加速し、現在の雇用戦略と社会保障政策が矛盾するリスクが高まる恐れがある。

 そこで本研究では、①国内地域における産業集積と雇用変動、若年者の自立と家族形成、夫婦世帯の出生率の決定要因などの関連を、実地調査及び地域データの解析をもとに解明して、労働市場から人口動態への影響に関しシミュレーションを行い、②地域労働市場における需給ミスマッチの緩和及び正規雇用と非正規雇用の格差是正の視点から、労働法制の改革及び雇用行政と社会保障行政の連携による社会保障加入の促進などの改革について、先進諸国の法令・行政体制の比較を踏まえ総合的提言を行い、③子ども数の多い家庭と少ない家庭の格差に関し国際比較を試み、総合的家族政策の可能性を提起することとした。

 

2.研究方法 

 平成21年度は、①地域労働市場における経済・労働・社会保障及び人口動態に関するデータベースを作成し、② 労働市場の需給ミスマッチや雇用変動と人口変動を決定する諸要因を分析し、③同居、結婚・出産の意思決定と世帯構造の決定要因に関する多変量解析を行った。また、④独仏など主要先進国における文献を収集し、⑤雇用行政と社会保障行政の連携に関する法制度や実務的な仕組みを調査し、⑤大都市及び地方の工業都市を中心に実地調査を行い、日本人及び外国人の雇用と人口動態の相互関係を解明した。

 平成22年度は、①前年度から実施したデータベースの構築と多変量解析の作業を継続するとともに、国勢調査などの統計の二次利用の準備を進め、②就業形態と出生力に関する日仏比較調査を実施し、③独仏及びEUにおける正規・非正規雇用に対する労働法・社会保障法上の政策対応や、行政機関の間の連携の実態について実地調査を行い、日欧比較を進めながら、わが国における雇用・社会保障行政の連携を強化するうえでの問題点と改革の方向性を明らかにし、④就業形態と出生力との関係に関し日仏で調査を進め、⑤東アジア経済統合と社会的側面に関し韓国の延世大学との共同セミナーを開催した。

 平成23年度は、①データベースの構築と多変量解析の継続に加え、②日仏比較調査の結果を生かして、国勢調査・就業構造基本調査などのデータの二次利用を実施し、合計特殊出生率の回復の決め手となる様々な因子を特定し、労働市場から人口動態への影響に関しシミュレーションを行うとともに、③雇用・社会保障をめぐる権利・義務関係を確認できるデータシステムの構築や、総合的家族政策による出生率の回復への提案を検討し、④前年度の延世大学との共同作業のフォローアップしたほか、仏・リール第一大学において、2012年3月5日に、雇用・社会保障セミナーを実施する準備を進めている。

 

3.研究結果及び考察

 本研究では、まず人口変動が労働市場に及ぼす影響と、労働市場の変動が人口に及ぼす影響という双方向のメカニズムを、理論的及び実証的に解明する必要があった。その上で、特に、労働需給ミスマッチに対処するため、地域で雇用対策と社会保障の連携を進め、外国人雇用を活用し、さらに、人口動態への悪影響を遮断する家族政策を構想している。

 

 第1に、少子化に伴う若年層の減少など人口変動が、地域労働市場における広義の需給ミスマッチ(失業、無業、非正規就業又は欠員を指標とする)に与える影響を説明する理論フレームとして不均衡労働市場モデル(労働需要関数と賃金決定関数で賃金は均衡するが、その賃金水準では需給ミスマッチが発生するするモデル)を用いた。それにより、対外投資や貿易など国際経済的な変数が、労働需要に与える影響も考慮した。

 実証研究の結果をみると、産業集積が進み、賃金が上昇し人口流入のある地域で、失業率も無業率も低下していた。しかし、パート雇用の増加は、1990年代に失業率を高め、その後を無業率を高めていた。ブラジル人の派遣・請負労働には、今世紀において失業率を引き下げる効果を発揮していた。さらに、大学進学率の上昇が、高卒者の地域労働市場の県内就職率を低下させる効果も確認できた。

 

 第2に、労働市場の変動が人口動態に与える影響を説明するため、2つの理論フレームを用いた。まず、労働市場の需給ミスマッチが、若年層の家族形成(結婚又は親との非同居を指標とする)を遅らせる効果に関し、「同居理論」を利用し、さらに、労働市場の需給ミスマッチが、家族の出生力を低下させる効果に関し、「家計生産の理論」を応用した。

 実証研究の結果をみると、若年層の親との非同居率に対する影響は、有配偶率はプラス、親に対する子の相対所得はプラス、パートタイマー比率や非労働力率はマイナスとなった。また、家族の出生力への影響は、家族構成員の失業・無業又は非正規雇用は概ねマイナスとなった。さらに、日本とフランスで実施した比較可能な調査から、非正規雇用率又は同居率の上昇が、家族の出生力に与える影響を測定したところ、フランスでは、夫婦の予定子ども人数に差がなかったが、日本では、これにマイナスの影響が観測された。

 

 第3に、公的職業紹介機関(日本ではハローワーク)が、どのように地域の自治体と協力し、職業紹介、所得保障、住宅確保及び福祉関係施策を組み合わせて、長期失業者や無業者の増加に対応しているかについて、日欧の間で国際比較を行った。 

 実地調査の結果から、需給ミスマッチの複雑化が進んだ分野では、ハローワークと自治体の協力拡大は不可欠だが、ハローワークを一括して自治体に移管することが必ずしも適当でないこと、就労可能な者と就労不能な者で生活保護制度を分離する必要があること、ハローワークと自治体の連携には、新たな法令整備が不可欠なことを指摘した。

 

 第4に、外国人雇用の日本人雇用との関係及び労働市場の需給ミスマッチへの影響を明らかにするため、雇用ポートフォリオ理論を拡張し、多角的な実証分析を実施した。

 実証研究の結果から、労働移動の自由な高度人材及び日系人労働者は、需給ミスマッチの緩和する効果や学卒など日本人雇用との補完性もみられたが、労働移動ができない技能実習生は、その就労する業種により影響にかなりの相違のあることが確認された。 

 

4.結論   

 雇用戦略と社会保障を整合的に設計し連携を進めるため、人口変動が労働市場に及ぼす影響と、労働市場の変動が人口に及ぼす影響という双方向的なメカニズムを解明し、総合的効果をシミュレーションする必要がある。また、地域労働市場において、労働需給のミスマッチが大きい分野においてはハローワークと自治体の協力は不可欠であり、このため、法的整備を行う必要がある。その際、就労可能な者に対する生活保護制度を分離する法改正も不可避である。また、労働需給ミスマッチの改善のため、外国人雇用を活用することは、同時に日本人雇用を生む上で重要となる。さらに、労働市場の変動が人口動態に及ぼす悪影響を遮断し、出生率を維持・回復するためには、正規・非正規雇用の間に共通ルールを適用して、その格差を段階的に是正するほか、家族に対する新価格体系を導入し、子育ての直接・間接費用を抑制する新たな家族政策を構想すべきである。

 

5.政策への反映

 労働市場の変動と人口動態の相互作用に関する本研究の成果は、将来人口推計や労働需給の長期推計への応用が期待される。

また、地域労働市場において、需給ミスマッチを解消できない分野のリストを作成し、これを基礎に、内外の人材育成を強化する施策を進めるべきである。

 さらに、現在、内閣府のアクション・プログラムによって進められているハローワークと自治体の間の労働市場政策の連携が、実際に機能するものとなるよう、新たな法制度の整備に着手すべきである。併せ、次世代健全育成事業に加えて、家族を優遇する新価格体系を導入することにより、新たな家族政策を具体化すべきである。

 

6.研究発表

①論文発表

・井口 泰『世代間利害の経済学』八千代出版(2011年7月)

・井口 泰「技能実習生への依存を高める地域経済-背景に拡大する労働需給ミスマッチ-」『週刊エコノミスト』毎日新聞社、2011年8月9日号、pp92-94

・井口 泰「EPAを問い直す 外国人労働政策の視点から『Immigrants (イミグランツ)』移民情報機構発行、Vol.04, 2011年8月、pp22-23

・井口 泰「外国人政策の改革-労働・社会・保障から日本語学習まで」『ジュリスト』有斐閣編集、No.1414、pp214-219 2011年1月4日号

・井口 泰「EU諸国の外国人政策の動向と主要都市の対応」『地方議会人』中央文化社編集、2010年12月号、pp21-25

・井口 泰「「欧州における域外外国人に対する統合政策の転換とわが国の言語政策の課題」『自治体国際化フォーラム』自治体国際化協会、2010年9月号、pp7-10

・井口 泰「日本における労働市場・労働力移動」日本学術会議『学術の動向』第14巻第12号31~41ページ

・井口 泰「改正入管法・住基法と外国人政策の展望」『ジュリスト』No. 1386, 2009.10.1、79‐84ページ

・井口 泰・長谷川理映「「世界経済危機下における労働市場政策の新たな展開」『経済学論究』関西学院大学経済学部研究会, No.2,vol.64,2010年、pp39-70

・藤野敦子「フランスにおける仕事と家庭生活に関する調査報告書-日本との比較の観点から―」(2011年10月31日発行)財団法人 兵庫勤労福祉センター(pp.1-138)  1.2011年9月10日 日本ジェンダー学会大会

・藤野敦子「我々は多様な働き方を享受しているのか?-アンケート・インタビュー調査からみた非正規従業員の実像」 『京都産業大学論集社会科学系列』No.27 pp145-182

・長谷川理映「企業の積極的海外展開に向けた雇用戦略-外国人留学生雇用の視点から―」『関西学院経済学研究』No.41,pp149-179

・長谷川理映「地域の労働市場における需給ミスマッチの規定要因」『産研論集』関西学院大学産業研究所編

・長谷川理映「経済危機前後の産業立地の決定要因と非正規労働の役割」『経済学論究』No.4,vol.64,2010

 

②学会発表

・井口 泰「貿易自由化交渉と人の移動をめぐる政策課題-」日本経団連21世紀政策研究所、2011年10月23日 於:経団連会館

・Iguchi Y. “How the national vocational training (human resource development) policies encourage enterprise to cultivate the talent in Japan” International Forum on TTQS (Taiwan Training Qualification System) by Bureau of Employment and Vocational Training, Council of Labor Affairs, in Chinese Taipei, on August 30 -September 1,2011

・井口 泰「外国人政策と技能実習制度の改革に向けて-経済危機・震災被害を脱し地域の復興・再生を―」日本弁護士連合会、2011年6月4日、弁護士会館

・井口 泰「経済危機後の東アジアにおける日本の外国人政策の改革」外務省・IOM主催国際ワークショップ、2011年2月17日

・井口 泰「経済危機後の東アジアと日本の外国人政策―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて―」日本労働研究機構・労働政策フォーラム「日本の外国人問題を考える」2010年12月4日

・藤野敦子「雇用流動化(非正規化)の出生意欲に対する影響-日仏比較」、日本ジェンダー学会、2011年9月10日

・Shiho K. "Labour Economic Consequences of the International Migration, Trend after 3.11"International Joint Conference between Nagoya University and UC San Diego: Immigration at the National and Local Level: The Impact on Future Economic Growth and Community Relations in Japan and the United States, NagoyaUniversity 7, December 2011

・志甫 啓「福岡県及び九州地域における外国人技能実習生の受入れ」九州経済学会第61

回大会、九州産業大学、2011年12月3日

・志甫 啓「労働力需給と産業構造の視点からみた研修・技能実習生度」移民政策学会、2011年度年次大会報告、立教大学新座キャンパス、2011年5月21日

・志甫 啓「出身地域からみた中国人留学生の日本での就職意向」アジア政経学会2011年度西日本大会、九州大学、6月25日

 

                                   (以上)