共生社会の実現に向けた新たな包括的外国人政策の推進に関する意見

 2012年6月1日 

                     関西学院大学 井口泰

                    

1 基本的な視点

 

 2011年の日本経済は、東日本大震災や原発事故の後、欧米の経済危機に伴う歴史的な円高と資源・エネルギー価格の高騰で48年ぶりの貿易赤字に転落し、デフレーションや超少子化・人口減少も持続している。これら複合的な経済危機のなかで、震災復興の事業が進み始めたものの、国内の地域経済の格差は拡大し、雇用の非正規化が進み、若年層の大都市流出と地域の高齢化は一層進んでいる。

 

 それにもかかわらず、過去10年余にわたる外国人集住都市会議の経験のみでなく、被災地における復興に向けた動きからも、地域経済の活性化にとって、外国人と日本人が共生する地域社会の形成が不可欠だという確信は、揺るがないものとなっている。

 

 わが国の地域に定住する外国人も、過去においては南米日系人中心だったが、中国やフィリピンなど、次第にアジア系の外国人が増加し、多様化が進んでいる。また、2011年からは、地域で第三国定住難民の受け入れの実験が進んでいる。残念なことに、従来の外国人に対する施策は国レベルでは協調的ではないが、地域・自治体レベルでは、相互の連携なしに効果をあげることは困難で、世界経済が新たなリスクに直面するなか、早いうちに外国人との共生のため、制度・政策の「共通基盤」を形成する必要がある。

 

 

 特に、日本に定住する外国人と、その家族、若年層のおかれた就労や生活状況は、言語の壁によって、日本人と比べはるかに厳しいことを強調する必要がある。仕事を失って母国に戻ればいいと考えがちであるが、日本に定住した人々は母国で文化的なギャップから適応が困難な場合が多い。

 

 特に困難なのは、日本語がつかいこなせず、安定した仕事に就けない外国人の若年層である。日本語の十分でない外国人にとって、日本社会は想像以上に残酷なのである。その経験が重なると、次第に、生きる気力を失っていく。日本の義務教育では、年齢に達すると、ほとんど自動的に卒業していく。地域で学び直すための機会を失うなかで、日本社会と日本人への信頼感を失いかねない事例がみられる。

 

 例えば、タイの難民キャンプから来た第三国定住難民のミヤンマー人(カレン族)の人たちも、子どもたちに教育をうけさせ、将来に希望を与えるために、日本を目指した。第三国定住の難民受け入れには、国が受入れの仕組を設けるにせよ、長期にわたる持続的な日本社会への統合プロセスには、自治体とNPOなど市民団体の関与が不可欠なのである。ところが、現在の仕組では、地域レベルの創意や協力関係が生かされない。実は、ベトナム難民受け入れにも、第三国定住の人々が多く含まれていた。現実には、日本語習得が壁になり、低賃金にあえぎ、生活保護受給に転落する人々が多いのである。

 

 外国人との共生社会を築くには、生活・就労・就学のための受入国言語習得の持続的支援が共通基盤になることは、欧米における「社会統合」の困難な経験が示している。欧米諸国では、長年、多文化主義と同化主義の間で際限ない議論が続いてきた。多文化主義が、外国人の文化やアイデンテティを大切にするとしても、受入国の基本的な仕組を尊重し、受入国の言語を習得することは、そこで生きていく上で、不可欠になる。同化主義が、外国人の受入国の文化や仕組への適合を強調しすぎると、外国語を母語とし、母国とのつながりをアイデンテティとする人々の意欲や能力はかえって活かされない。

 

2 欧米の経験と日本の挑戦

 

 「社会統合」とは、外国人と受入国社会の間の「双方向的な努力及び権利・義務の確保」を基礎として、外国人のもつ文化やアイデンテティを尊重し、その能力が生かせる社会を目指すものである。もし、受入国社会のなかに、相互にコミュニケ―ションの取れない集団が大きくなり、国内で緊張や対立が顕在化するようなことは避けねばならない。

 

 欧米諸国では、世界経済危機の影響と高失業率のなかで、国政選挙の結果をみても、社会現象としても、多文化主義に対する反動(backlash)とみられる動きが多発している。そうしたなかで、国レベルで「社会統合」政策を制度化し、多様性を許容して地域経済の活性化を目指す動きが着実に進んでいる。もちろん、外国人政策には、国によって、非常に多様な制度や政策が存在する。

 

 具体的には、1990年代後半から、欧米諸国では、従来から「社会統合」政策と呼ばれていた政策が改革され、外国人に自国の言語を学習する機会を保障したり、義務付けたりする制度の導入が進んできた。 大事なことは、「出入国管理」政策と「社会統合」政策が連携しセットで機能させることである。欧州では、ドイツのような民族的同質性が高いとされてきた国でも、制度改革が進んだ。同時に、多文化主義を標榜していたカナダや豪州では、受入国言語の習得を重視する社会統合政策が進展している。

 

 現代では、世界各国・地域で経済統合が進み、国境を越えた企業や人の移動を活発化させる動きが加速している。同時に、先進国内では、程度の違いはあれ、人口の少子・高齢化を背景に、民族的にも文化的にも、多様な人々を受容できる社会の能力を高めることが、国益に合致すると考えられるようになってきたのである。したがって、日本が外国人との共生を可能とする新たな外国人政策に向けて挑戦するためには、外国人の権利の尊重と義務の遂行を確保し、機会均等と社会参加を実現する制度的インフラへの投資を行う必要がある(概念図参照)。

 

3 日本の「多文化共生」との関係

 

 2001年に発足した「外国人集住都市会議」は、「多文化共生社会」の実現を掲げ、南米日系人を中心とする定住外国人に対する政策に関して様々な提案を行い、2009年の入管法及び住民基本台帳法の改正に深く関与した。

 

 もともと、日本の「多文化共生」の理念は、カナダやオーストラリアから輸入された概念ではなく、地域に発する「草の根」的理念である。それは、1990年代初頭に多様な外国籍住民が増加したことを背景に、神奈川県川崎市で使われ始めた。1995年には、阪神淡路大震災の後、日本人と外国人が協力して復興支援を進める運動及び自治体の事業の名称に用いられ、大阪市や神戸市を中心に普及した。

 

 2004年以降は「外国人集住都市」が、この理念を先の定義の下で使用し、そこに「権利の尊重と義務の遂行」を明記した。

 

 即ち、「外国人集住都市会議」においては、「日本人住民と外国人住民が、お互いに文化や価値観に対する理解と尊重を深めるなかで、健全な都市生活に欠かせない権利の尊重と義務の遂行を基本とした真の共生社会」を実現することを目標としてきた。当時の座長都市であった浜松市はこれを「地域共生」と呼んでいたが、2004年、豊田市が座長都市としてまとめた「豊田宣言」から「多文化共生」に読み替えた経緯がある。

 

 わが国の地域・自治体で発展してきた「多文化共生」が、本当に実効性あるものとするには、国レベルで「権利の尊重と義務の遂行」のための制度的インフラを構築して、日本型の「社会統合」の制度・政策として進化させる必要がある。実は、2012年7月施行の改正入管法や改正住民基本台帳法も、そうした当時の内閣府内や外国人集住都市会議の議論を基礎として提起されてきたのである。

 

 

 「多文化共生」を主張する人たちにも、多くの意見の違いと対立もあることに十分に配慮しなければならない。そのなかには、地域の「多文化共生」は、国の「出入国管理」から、しっかり距離を保たねばならないと主張する人たちもいるのである。しかし、先に述べた欧米諸国の経験ではそれでは、外国人政策は、うまく機能しない。2008年のG8専門家会合の文書にまとめられているように、外国人政策は、出入国管理政策と社会統合政策の二つの柱からなるものとし、相互に密接に協力する関係にしなければならない。「社会統合」政策なしに、「出入国管理」政策が機能し得ない現実をしっかり理解すべき時である。

 

 例えば、生活・就労・就学に必要な言語習得のため、実用的な日本語標準を確立し、地域での言語習得を制度的に支援する必要があるが、そのためには、永住権取得や国籍取得の際に。生活に必要な最低限の日本語習得を要件とすることが重要である。これなしには、外国人のひとたちに、地域で継続的に日本語を学び続ける意欲を喚起することは困難なのである。

 

 また、現在の出入国管理の仕組では、上陸許可の時点で、例えば、国内での就労が許可されてしまう。しかし、外国人が、雇用保険、社会保険に加入しているかを点検し、加入していない場合は加入を促進する仕組があまりに脆弱である。2007年10月に、雇用対策法改正で、外国人雇用状況届が制度化されたが、データを入管行政に提供することはあっても、市町村とハローワークが協力して、外国人の権利・義務関係を確保する方向には、全く活用されていない。

 

 

4 緊急を要する「社会統合」政策

 

 政府は、内閣府において、関係省庁の施策をもとに日系定住外国人対策を策定し、行動計画を推進してきたことは評価されるべきである。しかし、そこでは、目指すべき制度的インフラの水準が明確でなく、内閣府は、関係省庁に、一定の期限までに、検討、結論そして法案提出を実施させる権限を持たず、その効果はとても十分とはいえなない。

 

 外国人の共生を目指すためには、出入国管理政策を、世界経済の動向、地域経済の活性化や国際経済連携と連動させ、国内の社会統合政策との連携により、包括的な外国人政策に発展させることが展望される。

 

 当面実施すべき措置として、例えば、新たな経済危機に対処するため、外国人の出入国管理と、国内での外国人の権利・義務関係の確保とが連動する仕組を起動させることが考えられる。

 

 具体的には、①2012年7月に施行される改正住民基本台帳と2007年10月施行の外国人雇用状況届を連動させ、雇用保険・社会保険加入や安定雇用を促進するため、地域でハローワークと自治体の共同組織による支援の仕組を整備する、②外国人雇用は、原則として雇用保険及び社会保険加入義務のある雇用でなくてはならない旨の規定を入管法上に定める必要がある。なお、本条項は、雇用保険・社会保険の適用範囲の拡大との連動や、外国人の家族構成により、柔軟に適用することも不可欠である。

 

 5年程度で実現すべき措置としては、③定住する可能性のある外国人が、生活・就労又は就学に必要な実用日本語を習得できるように、日本語標準、評価方法、日本語教員資格など制度化し、日本語を習得する機会を保障する最重要な「制度的インフラ」として整備する。

 

 具体的には、能力標準の開発を既に実施している関係機関と自治体がコンソーシアムを創設し、国は日本語能力標準や測定方法の策定を例えば3年程度で行うように支援する。作成された標準案を2年程度で、地域で実験的に導入して改善し、必要な財政負担や人材養成や教員資格など「制度的インフラ」整備の全体像を提案する。これを踏まえ、関係省庁は実用的な日本語標準の整備等に関する法律案を策定し、同時に、入管法及び国籍法の改正案を作成し、永住権・国籍取得に当たり、最低必要な日本語能力を明記する。なお、高度人材の「ポイント制」にも、この標準を反映させる必要があるのは言うまでもない。

 

 5年を超える中長期でも実現すべき措置が考えられる。例えば、地域労働市場の労働需給ミスマッチの動向に配慮し、④若年層の参入が減少しているテクニシャン職種について、一定水準以上の専門学校を卒業した外国人に対し、「技術」の在留資格を発給し、現在の10年の実務経験年数の要件を適用しない。

 

 ⑤地域労働市場において、定期的に、「求人充足が困難な職種別人材リスト」を作成し、その一定数に限り、外国人人材の養成、日本語教育及び就労支援を行い、その就労を一定期間は一定地域に限定する在留資格を発給する仕組を整備する。この場合、技能実習制度で受けいれてきた外国人の一部は、本制度に移行することも考えられる。

 

 さらに、わが国との経済連携協定の締結と連動して、⑥締約国との間で、特定された企業からの商用目的の移動や特定の大学間交流による研究者や学生の移動の手続きを円滑化し、投資促進の観点から外国人学校に対し支援を行うなどの措置を実施することが検討されるべきである。なお、既に経済連携協定の中で受入れている外国人の看護師・介護福祉士については、これら分野の就労に必要な実用的な日本語標準の確立を前提とした場合、実用的な日本語能力の試験と外国語による国家試験を組合せる改革提案も考慮さるべきである。

 

 いずれにせよ、世界経済でリスクが高まるなか、日本の経済と・社会を活力を取り戻すためにも、外国人との共生にむけて「出入国管理」と「社会統合」が連携し、高度人材を含む就労目的外国人、日系人、技能実習生、第三国定住難民などに関する共通基盤(プラットフォーム)を形成し、国と地域・自治体の協力による実施体制を確立することを強く希望する。

 

 

(参照文献)

 

‐  European Commission (2008,2009,2010、2011) Employment in Europe, Brussels

 

- German Federal Ministry of Interior (2008) Final Report G8 Expert Roundtable on Diversity and Integration

 

-外国人集住都市会議(2011)「多文化共生社会をめざして」外国人集住都市会議 いいだ 2011

 

-井口泰(2011a)「外国人政策の改革―労働・社会保障から日本語学習まで」『ジュリスト』2011年1月1・15日号

 

-井口 泰(2011b)『世代間利害の経済学』八千代出版

 

-井口 泰(2011c)「移住をめぐる政策調整の現状と包括的移住政策機関設立の可能性」移住連発行『国際移住者デー記念シンポジウム2011包括的移民政策の構築に向けたロードマップ報告原稿集』31-35ページ

 

-井口 泰(2010a)「EU諸国の外国人政策の動向と主要都市の対応」『地方議会人』2010年12月号、21~25ページ 

 

-井口 泰(2010b)「欧州における域外外国人に対する統合政策の転換とわが国の言語政策の課題」『自治体国際化フォーラム』自治体国際化協会、2010年9月号、7~10ページ

 

-井口 泰(2009)「開かれた日本への制度設計―東アジア経済統合と循環移民構想- 」 『外交フォーラム』No. 250 pp52-57

 

‐井口 泰(2007)「動きはじめた外国人政策の改革-緊急の対応から世紀の構想へ」有斐閣編集 『ジュリスト』 No.13502008.2.15 pp2-14   

 

-井口 泰(2001)『外国人労働者新時代』ちくま新書